「好きなこと」の定義

「好きなこと」の定義

 

一般的に僕たちが「好きなこと」を定義するときには、現在または過去の体験を抽象化して定義することが多い。

小さい頃に野球をし、それが楽しかったのであれば、野球を好きになる。歌を歌ってうまく歌えたり、歌っているときに気分が良くなる経験があれば、歌うことを好きになる。こういった具合だ。

 

現在もしくは過去の体験から「好きなこと」を定義するときには問題点がある。まだ体験したことのないことがらは評価のしようがないことだ。つまり、「好きなこと」なのかそうでないのか、判断しようがないのである。

 

そこで、まだ体験したことのないことがらにも当てはまるような、すなわち、現在と過去だけでなく未来の体験をもふくめた「好きなこと」を定義していく

 

さて、結論から述べていこう。現在、過去、未来に適応できる「好きなこと」の定義は、『自分が無意識にしてしまう行為を意識的に抑えてでも、向かってしまう対象』だ。

ぼくの場合、いちばん好きなことは『B’zのライブに行くこと』なのだが、これは無意識にしている、『人ごみを避けること、行列に並ばないこと』を避けてでもしたいことなのだ。おそらく、読者の方の「好きなこと」もこの定義に当てはまるだろう。

 

この定義のポイントは、未来に待ちうけることがらが「好きなこと」になる可能性を秘めているところだ。

「無意識にしてしまう行為」はその内容が変わってしまおうとも、現在、過去、未来の時間軸に関係なく僕たちに存在する。よって、「好きなこと」を「無意識にしてしまう行為」に依存するかたちで定めることで、時間軸に関係なく「好きなこと」を普遍的に定義できる。

 

良い定義は、定義それ自身によっていくつかの問題を解決に導く力を秘めている。

たとえば、『好きなことで生きていく』という流行りの生き方(僕自身は嫌いだが)。「好きなこと」を明確にするために、「無意識にしてしまう行為」を意識することが必要だ。それによって高い解像度で「好きなこと」が定義できる。さらに、「無意識にしてしまう行為」は一般にはその人の得意なことである場合が多い。「好きなこと」を細かくはっきりさせることで得意なことも明確になるのだ。これらの2つを自分で意識することで『好きなことで生きていく』道が拓けるだろう。

 

ふだん使っている「好きなこと」ということばも、あらためて定義を見直してみることで、 なぜそれが好きなのか、どういうところが好きなのかを認識できる。「好きなこと」の解像度を上げることで、自分自身をもよりミクロな視点で俯瞰できるようになるのである。

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