【第1回 生を感じるツアー】とその感想

 

最近よく「焚火したいなぁ」という衝動に駆られる。焚火をしながら肉を焼いて食べたり、星を眺めながら語らいたい、4日に一回ぐらいそんなことを考えていた。

だが、今住んでいるところは住宅街で、焚火のできるスペースが無かったり、夜空を見上げても街灯のあかりで星空が見えなかったりする。ぼくはこういう所にとても不自由さを感じて、「生きてないなぁ」と思ってしまうのである。火を起こすことで発展と遂げてきた人類が今や気軽に火も起こせないなんてなんたる不自由か!

 

友人にこのことを話したところ同じように生の実感が不足しているとのことだったので、いっそ生きることにコミットする時間を作ってみようかという話になった。それが今回の「生を感じるツアー」である。

 

今回は次のような企画を行った。

Day1 鶏を捌く

Day2 ブランコを作る&焚火をする

Day3 キャンパーフェスに行く

Day4 小屋を作る

 

初日と2日目は長野にある『農村ジャック』という場所で過ごした。3日目は農村ジャックの方といっしょに安曇野にある『シャロムヒュッテ』という場所で行われたキャンパーフェスに行った。最終日はさいきん始めたシェアハウス『バベル』で小さな小屋を作ることにした。

 

農村ジャックから見える日本アルプス

農村ジャックから見える日本アルプス

 

Day1 鶏を捌く

 

人は自分でエネルギーを作ることができないので、ほかの生物の命をいただいてエネルギーを得るしかない。頭で分かっていても、普段口にするたべものの多くは命ではなく、モノの形をしている。それゆえ命をいただいている実感を得ることは少ないだろう。

 

鶏を捌くには、まず血抜きをするのだが、切る瞬間まで生きた証であるかのように動脈を流れる血の鼓動がドクドクと手を通じて伝わってくる。その鼓動を自分の手で止めてしまう瞬間は何とも言えない気持ちになる。

 

鶏の毛をむしってる様子

鶏の毛をむしってる様子

 

鶏を部位ごとに分けている様子

苦戦しながらも肉を部位に分けていく

 

鶏の内臓

内臓たち

 

小学校の時に「命を大切にしましょう」みたいなことを道徳の授業で学んだ。当時は「何を当たり前のことを言っているのだ」と感じていた。「”わかる”と”できる”は違う」という言葉があるように、「”わかる”と”実感する”は違う」のだと思う。分かっていても実際に、目で見て肌で感じ、臭いをかいで耳で聞くことでしか感じえない領域があるのだと鶏を捌いて”実感した”。

鶏はその後、炭焼きにしたり、親子丼にしたり、美味しくいただいた。

 

 

Day2 ブランコを作る&焚火をする

 

ブランコを最初に作った人はなにを思ってブランコを作ったのだろうか?ゆらゆら揺れることがそんなに楽しかったのか、風を切るのが心地よかったのか。

ぼくはぼくなりにブランコを作ることの楽しさを見出した。

 

何事においても、自分なりの楽しさを見出すことは重要だと思う。

 

 

初日にも焚火はしたのだが、鶏を捌くのに時間がかかってなかなか焚火っぽい焚火(しんみりするやつ)を味わえなかったので、2日目にも焚火を行った。

 

焚火

 

火をみると生きてる実感が湧いてくる。宇宙の広大さ、その中で生きる人間という生き物のちっぽけさを思う。人間のDNAに刻み込まれた本能なのだろうか。

 

 

Day3 キャンパーフェスにいく

 

「これから流行るものは何だと思う?」と聞かれたら僕は「モバイルハウスだ」と答える。モバイルハウスとは、軽トラの荷台に作った家、けん引できるように車輪を付けた家のことだ。移動できる家なので、家だが不動産ではなく、可動産扱いになる。

3日目は安曇野にある『シャロムヒュッテ』という場所で行われた、モバイルハウスが全国からあつまるイベント「キャンパーフェス」に行った。

 

会場には参加者の人が作ったさまざまなモバイルハウスが集結していた。犬の形を模したかわいいモバイルハウスや昭和の風情漂うユニークなモバイルハウスが印象的だった。来年はぜひとも、ぼくもマイモバイルハウスを作って参加したいと思う。

 

昭和の風情漂うモバイルハウス

 

 

モバイルハウスも素晴らしかったのだが、会場の「シャロムヒュッテ」がなんとも良かった。写真から素晴らしさをくみ取ってほしい。

 

シャロムヒュッテ外観

すべてセルフビルドでできているらしい

 

シャロムヒュッテの看板

雑貨屋も営まれている

 

 

 

アースオーブン

アースオーブン

 

 

Day4 小屋を作る

 

いっしょにツアーをした友達もモノ作りが好きな人だったので、最終日は小屋を作ることにした。

しかし、ぼくはペーパードライバーで運転をしたくない、もう一人は免許を持っていない、ということで、資材運びに難航した。ツーバイフォー材を4本ほど、手持ちで30分ぐらい運んだ。アホだなぁと思いながら運んでいたが生きてる実感をすごく感じた。

本来効率化されたことをあえて手作業で行い、不便を感じることで生を実感するのかもしれない。ピラミッドを建てた古代エジプト人は実はとても充実した日々をすごしていたのではなかろうかと考えていた。

予定では1日で躯体を完成させる予定だったが、資材運びに時間がとられすぎて結局床だけ作ることにした。

 

床の枠組み

床の枠をつくったとき

 

大きなものを自力で作ると、それだけで達成感がけた違いに湧いてくる。現代において、これでもかというほど大きな建造物が建てられていくのも納得だ。ひとは大きなものを作りたい、その大きなもので自分を誇示したいのかもしれない。

 

生を感じるツアーを終えて

 

こうして、全4日間の生を感じるツアーは終わった。

結局のところ、行きたい所に行って、自分の本能にしたがってやりたいことをする、そこに一番生を感じるのだと思う。

ぼくらの周囲には本質的でないものが溢れている。気にしなくてもいいこと、目的と手段が反転したもの、無ければいけないという錯覚、こういったノイズがぼくらを包み込むように存在している。

生を感じるツアーはこのノイズを除去して世界の透明度を上げる機会だと捉えられる。第2回も気が向いたら開催しようと思う。

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