里山の生活をはじめた

 

平成31年4月1日午前11時半ごろ。菅官房長官がこわばった顔つきで墨書をかかげる。その姿がSNSで生配信されるさまは、ネット社会の幕開けである現代から、さらなる発展をむかえるだろう次の新時代へとつながる “バトン” を表すかのようだ。

同じころ、僕は4年間通った大学を卒業し、とくに就職しないまま田舎の里山で自給自足をめざすことに決める。新時代に突入する時のながれとは対照的に、根源的な生活へと立ち返る。畑をつくり作物を育て、ゆくゆくは自分で小屋を建てて生活をしていきたいと思う。

 

なぜ田舎で自給自足をするのか

 

僕は「本音」と「建前」をどっちが善でどっちが悪かというとらえ方ではなく、強弱の問題だと考えている。つまり、「本音」は強い考え、「建前」は外様むけにつくりあげた虚構ではなく、あくまでも自分の中に考えとしてはあるが、「本音」ほど強くはない考えのことを「建前」と呼ぶことにしている。(正確な意味は知らない)

 

本音

  • ノンストレスに生きたい (ひとごみがストレス)
  • 時間にゆとりがほしい (つまり労働をしたくない)
  • 広い空がすき
  • 0→1がすき (作物をそだてる、小屋をつくるとか)
  • エンジニアリングとブリコラージュの良いとこどりをしたい (数学はエンジニアリング、里山ぐらしはブリコラージュ)
  • ベクトルを共有する瞬間がここちいい (端的にいえば共同作業のよろこび)
  • 最低限の衣食住があり、B’zの曲を聴ければ十分

 

建前

  • 少子高齢化→日本の経済規模の縮小→経済成長ではなく持続可能性を求めるスタイルへの転換 
  • ストレスフルな働き方からの脱却 (週3ではたらくぐらいが理想)
  • 地域活性化 (パワーワード!!)

 

田舎の風景

 

どこで生活していくのか

 

千葉県の鴨川市、金束という場所だ。なにをしているのかよく分からないが、昆虫食からジビエ解体、生態調査までこなす 永井さん が『居候の家』というものをつくった。

そこで、畑のデザインなど自給自足に必要なスキルを学びながら、ころあいを見て空いてる場所に小屋と畑をつくって完全に自力で自給自足をしていくことになるだろう。「ここは勝手につかっていいよー」という土地もたくさん余っているので好き勝手やっていける。房総地域は移住者がおおいこともあり、よそものに比較的寛容らしいのもありがたい。

 

どうなりたいのか

 

べつにどうにもなりたくない。

 

考えていること

 

数学者、岡潔は言った。

数学に最も近いのは百姓だといえる。種子をまいて育てるのが仕事で、そのオリジナリティは『ないもの』から『あるもの』を作ることにある。数学者は種子を選べば、あとは大きくなるのを見ているだけのことで、大きくなる力はむしろ種子の方にある

これを理解するだけでなく、腹落ちさせたい。

数学をやっていると「物理的世界」と「抽象的世界」の関係に自然とこころがひかれる。(ここに認知の世界をいれても良い気がする) まだフワッとした感覚なので具体的には言えないが、この両者を良い感じに捉えられるとうれしい。なんで数学かというと、僕が数学好きで、大学でも数学を学んでいたから。(でも辛くて逃げた)

 

また、先ほど「べつにどうにもなりたくない」と書いたが、なんでも60点できる人にはなりたいと思う。畑、小屋づくり、数学、プログラミング、ライター、動画編集、デザイン、伐採、etc… なんでもかいつまんでやるための時間がほしいから、田舎生活をしたい気持ちもある気がする。

 

田舎の風景2

 

なんだかんだ良い感じ

 

里山で暮らしはじめてまだ5日ほどしかたっていないので得た知見はまだあまりないが、菌に興味をもった。菌がわかると木がわかり、木がわかると菌がわかるといった双対構造になっているらしい。そこで山を木の集合ととらえると、菌で山を分類できることにつながるのではないかと気がついた。分類をすることは世界の新しい見方を獲得することにつながり、うれしいなぁと思える瞬間だ。

こういう瞬間が今後たくさんあるのだろう。爆発的なしあわせではなく、じわじわにじみ出てくるようなしあわせ。なんだかんだ良い感じ。

 

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